グアム南部の観光地!ラッテ・オブ・フリーダムをご紹介!

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引用 4travel

グアムといえば海に行かれる方が多いと思いますが、たまには気分を変えて歴史に触れてみてはいかかでしょうか。

ラッテ・オブ・フリーダムは大きい建物なので、グアムへ訪れる際に飛行機の中から見ることができます。

あの建物は何だろう~と疑問に思われる方も多いはず。実は、ラッテ・オブ・フリ-ダムは日本とも歴史的に関係が深い場所なのです。

今回はラッテ・オブ・フリーダムについてご紹介します。

 

ラッテ・オブ・フリーダムとは

引用 4travel

ラッテ・オブ・フリーダムはグアムガバナーズオフィス内にある展望施設のことをいいます。

また、ラッテストーン展望台とも呼ぶ方もいます。

Mama
ラッテ・ストーンはサンゴ石で作られており、ハリギと呼ばれる高さ1.2~2メートルの石柱の上にタサと呼ばれる頭石(キャップストーン)がのった「こけし」状の形をしています。

このような形に作られたため、ラッテストーン展望台とも呼ばれています。

リカルド・J・ボダリオ氏によって、2010年にラッテ・オブ・フリーダムは建てられてました。

ラッテ・オブ・フリーダムを建てるプロジェクトは、1976年にニューヨークにある「自由の女神」のように、グアムにも何かシンボルを建てたいと願い始まりました。

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1976年はちょうどアメリカ独立宣言から200周年を迎えた年です。

ラッテ・オブ・フリーダムは高さ15メートルのラッテストーン型の展望台グアム最大級の建造物となっています。

ラッテストーンの上部が展望台になっていて、展望内には真ん中に大きなテーブル型のモニュメントがあり、プロジェクトについて記されています。

引用 4travel

展望台からは、南西方向にアサン海岸、北西からは恋人岬、ウルナオ岬まで見渡せます。

海はとても静かで、穏やかな雰囲気が流れており、とても癒されます。ラッテ・オブ・フリーダムに訪れた方は、ここから記念写真を撮っている方も多いです。

展望台とガバナーズホールをつなぐ通路は強風が吹くため、通行時にはご注意ください

 

ガバナーズホール

引用 4travel

ラッテ・オブ・フリーダムのガバナーズホールには、グアム歴代の知事を務められた方々の写真が飾られています。

他にもッテストーンの上に作られた高床式住居の模型を見ることもできます。

Mama
ラッテストーンは古代チャモロ文化の遺跡と言われていて、宗教的な意味合いを持ったり、高床式建物の土台とも言われていますが、実際はまだ解明されていません。

古代のチャモロ人は漁師や職人として優れており、自分たち独自の住居やカヌーを造ったり、複雑な手の込んだ陶器も造っていました。

また、強固な母系社会を形成しており、女性の権力と特権によってチャモロ文化が築かれてきました。

ラッテ・オブ・フリーダムには、500年以上も前に当時の人が使っていた電話や、ナイフ、ナンバープレート、書物などの生活道具などが展示されています。

ガバナーズホールは冷暖房完備なので、冷房が苦手な方は上着などがあると安心です。

また、清潔感のある綺麗なトイレもあります。

引用 4travel 

日本の戦争跡もある

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ラッテ・オブ・フリーダムには、スペイン式の大砲のレプリカがラッテストーンと共に設置されています。

グアムは以前、スペインの支配下にありました。

スペイン統治時代

  • 1565年にスペイン人のミゲル・ロペス・デ・レガスピがグアムの領有権を発表してから、スペイン統治は約333年も続きました。

    スペイン人は当時のチャモロ人にキリスト教や、トウモロコシの栽培、家畜の飼育方法などを教え、西洋風に変えていきました。

  • キリスト教とチャモロの伝統的な考えが合わないことが分かると、チャモロ人はカトリックの教えに反発するようになり、1668年にはスペイン・チャモロ戦争が勃発してしまいます。
  • 1695年には約10万人のチャモロ人が約5000人以下に減ってしまいます。

アメリカ領になった時代

  • 1898年にはスペイン軍による、アメリカ戦艦の沈没をきっかけに米西戦争も勃発しました。
  • グアム島もアメリカ軍の砲撃を受け、1898年にアメリカ軍に占領されます。

ラッテ・オブ・フリーダムの付近には、太平洋戦争時に使っていたと見られる当時の防空壕の跡もあります。

こちらにある防空壕の跡は、奥行き5mほどで旧日本軍によって作られました。

日本の領土となった時代

  • 旧日本軍は、1941年にアメリカの真珠湾を攻撃した際にグアムを約31ヶ月間占領します。
  • グアム島民はその間は日本語を話したり、日本の生活習慣を強要されることになりました。

    ですが、グアム島民の住居は自由に住んで良いとされ、自由も保障されていました。この時代をチャモロ語で「日本の時代」と意味し、「テイエイポン・チャパネス」と呼んでいます。グアムで日本語が通じたり、日本語表記のメニューが多いのはこの時代があったからなのです。

このように、グアム島は数々の激戦地となり、たくさんの犠牲者が出ています。戦争の跡が今も残っているので、いろいろと考えさせられる部分があるのではないでしょうか。

戦争の痕跡を間近でみることによって、二度を同じ歴史を繰り返してはならないと思います。日本人として、グアムでの歴史は見ておいて損はないでしょう。

ラッテ・オブ・フリーダムはグアムが歩んできた歴史を感じさせるスポットです。また、南国の草花も咲いていて、穏やかな一面も見えます。

 

グアム南部にある

ラッテ・オブ・フリーダムはハガニア地区のアデラップ岬に建っています。また、グアム政庁内に建てられていますので、管理もしっかりとされています。

近くにはアメリカ海軍病院、太平洋戦争博物館、バセオ・デ・スサナ公園などがあります。マリーン・コー・ドライブは海岸沿いの道路で、ドライブしていると景色が綺麗に見えます。

 

ラッテ・オブ・フリーダムへの行き方

ラッテ・オブ・フリーダムまでは、レンタカーで行くことになります。

タモンシャトルなどのバスは走っておらず、オプショナルツアーも現在は行われていないようです。また、オプショナルツアーについては、各旅行会社が新たに行う可能性が高いです。

ラッテ・オブ・フリーダムまではタモン中心街から約20分ほどで到着します。無料の駐車場もあるので安心です。駐車場から展望台までは徒歩で2~3分たどり着きます。

グアムで運転する際は国際免許が不要なので、日本の運転免許を取得されている方なら運転することができます。

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ただ、日本では車両は左側通行ですが、グアムでは右側通行になりますのでご注意ください。

 

利用料金

料金は、大人3ドル、子供(5~11歳)$1になります。

展望台を利用する時のみ、料金が発生します。駐車場は無料なので嬉しいです。

階段やエレベーターで上がると、展望台手前に係の人がいるのでそちらで支払います。料金の一部は震災等の義援金として使われるそうです。

 

営業時間について

引用 4travel

ラッテ・オブ・フリーダムはグアム知事の執務室があり、グアム政府のオフィスとなっています。なので、営業時間が決まっています。

営業時間

  • 平日 9:00~15:00
  • 土日 9:00~12:00

夕方に訪れると、綺麗なサンセットも楽しむことができます。

 

周辺の観光スポット

グアム南部には人気の観光スポットがたくさんあります。丸一日ドライブをして楽しむことができます。

まとめ

引用 4travel

グアムの自由の女神として建てられたラッテ・オブ・フリー・ダム。

ラッテ・オブ・フリーダムにいる現地の方は、親切な方が多いです。中には記念写真を撮ってくださる方もいるようです。

ラッテ・オブ・フリーダムには本当のラッテストーンは使用されていませんが、展望台の下には本物のラッテストーンがあります。

グアムの観光ガイドにも、ラッテ・オブ・フリーダムはよく掲載されていますが、あまり人がいなく空いていることが多い穴場スポットです。

みなさんも、ラッテ・オブ・フリーダムに行かれてみてはいかがでしょうか。

 

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